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「長編小説」
・恋唄

恋唄 11

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恋唄(11)

翌朝、目覚めた総司はその目を丸くし驚くと、枕元にあったどっしりと重い小銭の詰まった金子袋と餞別と掛かれた団扇を手に苦笑していた。
「嫌だなぁ…もう。」
零した一言と共に、普段ならば睡眠中であっても誰ぞ侵入者が在れば気配を感じ直ぐに応戦出来る体制を取れる…目を覚ます総司が、誰の気配すら感じず深く眠り込んでいた事に。
土方の報告も相俟って昨夜の遊び疲れではないか等と。あれこれと誤解をされいるだろうと思うと苦笑いしか出て来ない。
頭を一掻き、誤解されたまま過ごす事は不本意だが、正直、次の約束はしたものの貧窮の自分にはセイに会いに行けるだけの金もなかった。
貧乏な暮らしの中、同じく試衛館の仲間…近藤や土方等年配の兄分達の懐もそう温かくはないだろうに。
総司の為にと身銭を切ってかき集めてくれたのだろう金である事を思うと申し訳ないが嬉しく思う。
これで堂々とセイに会いに行けると兄分達の心遣いに感謝しつつ、今度の非番の日にはきっとセイに会いに行こうと胸に誓ったのだった。

■■■

日は流れ、巡って来た非番の夕刻。
総司は嬉しそうに屯所を後にしていた。
田園地帯を抜け、畔のほとりに佇む店の暖簾をくぐり入店した先。
既に幾人かの客が席に着き料理摘みながら酒を口にしほろ酔い気分。一人で酒を煽る者もあれば、連れ添い人と対面、腰掛け楽しそうに笑顔で会話を交わしながらと、店内は和やかな空気に人々の笑い声が溢れていた。
総司の入店を見咎めた女中の一人が「いらっしゃいませ」と、近付いて来た。
「空いたお席にどうぞ」と近場の空席に案内する女中の背を前に、総司は店内をグルリと見渡すが、そこにセイの姿はなく、案内された席を前にコソリと耳打ちするよう女中に尋ねた。
「あの…今日はおセイさん、お店に出ていないのですか?」
「へぇ、おセイはんどすか…?部屋(おく)の座敷に居てはると思いますえ。どうぞ、掛けてお待ちやす。」
傍らの席に座る様促しながらぺこりと頭を下げ総司の前を後にした女中は、店の奥へと続く店内へと消えて行った。
店の奥に居ると。セイを呼んで来てくれると言っていたが、もしや客の相手をしているのだろうか?
セイが幾ら幼いと言えど、この店で働く限りセイも一介の女中、女として扱われるのだ。
セイ程の器量と見目麗しい容姿があれば固定の客が付かぬ筈がない。
馴染みと称した顧客が幾人いたとて不思議ではないだろうセイのその可愛らしさを知るのは自分だけではないだろう事に。
いつぞや自身の前に現れた折の様に、綺麗な着物に身を包み顔に白粉と唇に美しい朱紅(いろ)を差したセイが、微笑み誰とも知らぬ男の酌をする姿を想像すると、総司の胸はズキンと音を立て心の臓をチクチクと針りで突かれる様な鈍い痛みを感じ、総司は口をつぐんだ。

ー嫌ですよ。何でしょうね、この痛みは…?

胸に残る痛みに、総司の眉根には皺が寄り怪訝な顔付きになっていたが…
「お待ちやす。」
掛かった女中の言葉と共にパァと憑き物が晴れた様な笑顔で振り返った先には、待ち望んだセイの姿ではなく、いつぞや見た狐目の主人が立っていた。
「おこしやす、おセイをご指名のお客はんとは…、いや、いつぞやいらしたお武家はんどしたか?そんなら話は早(はよ)うおすな、お武家様。近こうお耳を…。」
総司の傍ら立った主人は、片手を総司の耳に添えコソコソと耳打ちする様呟いた。
主人の声(はなし)に、ギョッと目を剥いた総司は、驚きに着席していた木椅子をガタリと大きく揺らし立ち上がると、素っ頓狂な声を上げる。
「にっ、二分金ですか!?」
総司の声に何事かと振り返る客の視線に慌てた主人は驚く総司に、声を落とす様口元に人差し指を宛て、直ぐさま総司を諭旨する言葉を小声で続けた。
「お武家様、お声を落として下さい。うっとこは公方様も容認してはる遊所(みせ)どっせ。店の子の値ぇは、その娘の大事な収入になります。
おセイは中々、身ぃ売りしませんさかい自身で高こう値を付けたばかりに日銭も稼げん哀れな娘なんどす。
この前、連れ合いの旦那はんが羽振りよう支払(しは)ろうて下さったお陰でようやっと売れたんや。アンタはんが、初めてのお客はんどしたんえ。初物の味はようどしたやろ?忘れられんと来はったんなら二分も安いと思いますえ?」
後々、聞いた話なのだが、遊所の仕組みは店によりまちまちなのだが唯一、どの店でも統一してなされている事があるらしい。それは身を売る女子自身が自分の付加価値を付けていると言う事。
遊所に身を置く女子は、その店を間借りし働くものが殆どで、住む部屋と三食。食事は女中としてその店で働く対価として与えられるのだが、自身の身なりを整える銭や入り用の金。間借りした部屋代はその身を売って稼いで貰うのだと言う。
西新屋敷…幕府公認の島原は、全てに置いて借金を重ね、がんじがらめの中稼いだ金を借金返済に宛て生きていかなければならない苦を伴うが、容認とされている遊所では借金と言う枷がない分、自身に付けた値の半金を部屋代とし店に納め、残りを自身の懐に納める事が出来るのだ。
その為、日銭を多く稼ぎたい者は自身の値を安く見積もり客足を取るものなのだが、どうやらセイは違うらしい。
高く付けた値は、セイの…元直参だったと言う家柄の長女としての意地なのか?やはり、未だ年端も行かぬ年齢に身を売る勇気がないのか?
それでも火事に焼け出され身一つで飛び込んで来たのだろうセイは、店内で働いていた時にもそこそこに良い着物も来ていたし、座敷で見たセイも高価な着物を纏っていたが、未だ店を追い出されずに身を寄せている事から、店に多少なりの借金を重ねているのだろう。
そんなセイのいきさつを自身の勝手な推論で結論付けた総司は、主人の諭旨に一瞬、躊躇いを見せたもののここで値(かね)を渋る様ならば、折角、身銭を切って送り出してくれた兄分達にも申し訳なく…それ以上にセイと交わした約束を破談させセイを悲しませてしまう事を思うと…。
セイの悲しそうな顔を思うと、総司は胸が痛んだ。
兄分達に貰った餞別を全て使う事になる申し訳なさを押し、仕方ないと腹を据える様。自身の懐に手を入れた総司は、麻布の布袋を取り出した。
「二分金、あると思います。」
ジャラリと重い小銭(こせん)の詰まった袋ごと主人の差し出すと、両の手の平上に支払(おい)た。
狐目の主人が細い目を更に細めニッコリと微笑むと
「へい、では確かに。おセイに仕度させますさかいもう少し此処でお待ちを。お待ちの間、なんぞ摘む物でもお持ちしはりましょうか?」
快く尋ねた主人の言葉に。だが、注文したくとも有り金の全てを叩いてしまった総司には、注文など出来ない。
グッと息を詰まらせ、静かに。再び席に着いた総司は
「いえ、結構です…。」
「そうどすか?」
返した総司の返答に主人は相槌を打ち、「では、」と頭を下げ離れて行くに様、総司の顔はいたたまれず赤く染まっていた。
主人はおくびにもその表情を出す事はなかったが、料理等、目もくれずセイを抱きたいばかりの余程の好き者と思われただろうか?
セイを買うだけの金しかない貧乏人が、痩せ我慢をして…と、思われただろうか?
先ず、セイと情を交わしていると思われている所から誤解なのだが、此処で誤解を解くなど無様な様を見せる程、総司も幼くはない。
寧ろ、セイ目当てで通っているのだと言わずとも察して貰えれば後々面倒事も少なく済む、と。
総司なりに算段を立てる中、数刻(すうとき)ののち、総司は先の離れへと呼ばれ通されたのだった。




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